--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | page top↑
Sun.

この問いに答えられますか?


あなたはいつ生まれましたか?
正確に答えてください、正確に。



きっとあなたは誕生日なんかを答えるでしょう。
僕で言えば、5月27日なんかのような。

でもそれは出産された日であって、所謂法律上の解釈なのです。


よく考えてみて下さい。

赤ちゃんはお母さんのお腹の中でも生きているのではないでしょうか?

肺を動かしたり、音に反応したり、お腹を蹴ったりしますよね。
お産後には呼吸もでき、脳も僅かながら働くまで作られています。


もう少し前には生まれてきたのではありませんか?


あなたはなんと答えるでしょう?
精子と卵子が結合した瞬間と答えるかもしれませんね。

受精の瞬間です。
しかし、精子と卵子はそれ自体が生きている細胞なのです。
精子と卵子という、あなたの要素はすでに生きていました。

屁理屈に聞こえるかもしれませんが、あなたの生まれる要素は確かに受精前から生きているのです。

そして精子は生きている父親から、卵子は生きている母親から作られるのです。
両親が交わる前には、あなたの要素は出来ているのです。

その両親も精子と卵子から出来ている。
すると、あなたとなる要素は両親の両親に既にあったことになります。


つまり、あなたという細胞、命の要素はどこまででも遡ることができるわけです。

それはあなたが、永遠に、はるか昔から生き続けているということはできないでしょうか?


太古から今までの時間の中でいつを『生まれた瞬間』と決められますか?

物心をついた時でしょうか?
母親から出てきた時でしょうか?
受精したときでしょうか?

どれも答えはNoです。
どれも定義とするには曖昧過ぎるのです。


生まれる瞬間が決められない。
つまりあなたは『生まれていない』
それは『あなたはずっと生き続けていた』


そう言えないでしょうか?


わからなくなってきましたか?
では、逆を考えてみましょう。


今度は死です。
人間はいつ死ぬのでしょう?
死の瞬間とは?



あなたはなんと考えるでしょうか?
瞳孔が開き切り、心臓が止まった時を考えるのでしょうか?

それは医学的な話なのです。
心肺は停止したとしても、爪や髪は伸びます。


脳が死んだ時でもありません。
脳死をしたとしても、意識がないだけで身体は生きていることも多々あります。


それでは身体の細胞がすべて死んだ時はどうでしょう?

ドナーとして他人に自分の身体を分けたら、それは自分の一部が生きていると言えます。
他人の中で自分は生きているのです。

または、精子や卵子も細胞です。
それが子どもになり、生きていれば自分の細胞は生き続けていることになります。

そしてその子どもも子どもを作れば、その子どもが生きている限り自分は生きていることになります。


それでは人間の死は、決めることが出来ません。

決めることが出来ないのです。
死の瞬間はない。
しかし、人間は必ず死ぬ。

人間ははるか昔から『永遠に死に続けている』という結論に達します。


どう思いますか?

生とは、『永遠に生き続けている』

死とは、『永遠に死に続けている』



矛盾しているようで、矛盾していない。
これがこの問いの答えなのです。

さぁ、これであなたの『生』『死』の概念は少しでも変わったでしょうか?

人間は矛盾した中で成り立っているのです。

22:02 | 本音。 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑
寝てばっかヾ(o゚ω゚o)ノ゙ | top | book of days.

comments

post a comment















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

この記事のトラックバックURL:
http://sorakanapp.blog76.fc2.com/tb.php/743-bdad41dc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。